放射冷却による住宅の冷却

近年、地球温暖化の進行は深刻な課題となっており、私たちの生活においても、より省エネルギーな暮らし方が求められています。特に建物の冷暖房には多くのエネルギーが消費されるため、これをいかに削減するかが重要です。

本研究は、電力などのエネルギーを一切使用せず、自然の物理現象である「放射冷却」の原理だけを利用して、快適な住環境を創り出す建築技術に関するものです。将来にわたり持続可能な社会を実現するため、環境負荷の少ない快適な建物を提供することを目指しています。

 

研究の原点 – カーブミラーの曇り止め技術

 

この着想の原点は、以前取り組んだ「カーブミラーの結露防止技術」に関する研究にあります。これは、熱源を一切使わず、放射冷却の原理を応用してミラーの表面温度を常に露点以上に保つことで、冬場の曇りを防ぐというものでした。

この研究は技術的に成功し、特許も取得しましたが、残念ながら実用化には至りませんでした。その理由は、カーブミラーは公共事業の一環であり、高機能な製品を開発しなくても定期的な交換需要が安定して存在するため、企業側にとって導入のメリットが薄かったためです。

 

着想の転換 – カーブミラーから住宅へ

 

しかし、この経験が無駄になることはありませんでした。むしろ、長年にわたる放射冷却の実験で培った知見は、新たな可能性を切り拓く貴重な財産となりました。

その中で、より広い応用先として「住宅」に着目したのです。「特定の物を温める」という複雑な制御から、「空間をただ冷やす」という、よりシンプルな目的に転換すれば、放射冷却のポテンシャルを最大限に活かせるのではないか、と考えたのが新たな研究の出発点でした。

 

本発明の概要 – 建築物への応用

 

こうした経緯を経て生まれたのが、今回ご提案する建築物に関する発明です。これは、住宅そのものを放射冷却に最適化された構造にすることで、外部のエネルギーに頼ることなく、室内を外気温よりも涼しく保つことを可能にします。この技術が、未来の快適でエコな住まいのスタンダードとなることを願っています。

 

研究過程を説明する動画です。

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身近なもので体験する「放射冷却」の実験

 

この実験は、地面の熱が宇宙に逃げていくことで地表が冷える「放射冷却」という現象を、簡単な道具で再現するものです。

 

実験方法

 

  1. 準備: 上面が開いた発泡スチロールの箱を用意し、入り口を食品用ラップフィルムで隙間なくぴったりと密封します。
  2. 設置: この箱を日陰に置きます。
  3. 観察: 箱の内部と外の気温を比較すると、箱の内部の温度が外気温よりも低くなることが確認できます。

 

現象の原理

 

これは、箱の中の熱が赤外線としてラップフィルムを通り抜け、空に向かって一方的に放射されることで起こります。熱が外へ逃げていくため、箱の内部の温度が周囲の空気よりも下がるのです。

 

実験を成功させるための重要なポイント

 

この実験で確実な冷却効果を得るためには、「空からの熱の放射を遮るものがない開けた場所」を選ぶことが最も重要です。

  • 失敗しやすい例: 近くに高いビルや木々があると、その建物や木自体からも赤外線が放射されています。その熱を箱が受け取ってしまうため、箱の中から熱が逃げる効果と相殺され、内部の温度は下がりません。
  • 成功しやすい条件: この現象を最も明確に確認するためには、周囲に赤外線を放射する遮蔽物がない夜間のビルの屋上や、広大な公園の中心などで実験を行うのが理想的です。このような環境では、外部から余計な赤外線が入射することなく、箱の中から宇宙という巨大な冷却装置に向かって純粋な熱放射が行われるため、顕著な温度低下を観測することができます。

 

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放射冷却を最大化するための建築設計条件

 

この設計は、自然の物理現象である「放射冷却」を最大限に活用し、エネルギーを使わずに室内を冷却することを目的とします。そのための具体的な設計条件を以下に示します。


 

1. 基本原理:なぜ「空」に向かって熱を捨てるのか?

 

放射冷却の鍵は、宇宙空間の圧倒的な低温を利用することにあります。

  • 「空の窓」を利用する: 晴れた日の青空の放射温度を計測すると、約-17℃という極低温であることがわかります。これは、大気を通して宇宙の冷たさが地表に届いている「大気の窓」と呼ばれる領域です。
  • 熱は高い方から低い方へ: 逆に、地面の温度は気温と同程度です。熱は温度の高い場所から低い場所へ移動する性質があるため、最も効率的に熱を捨てる(放射する)方向は、最も温度が低い「真上(天頂)」となります。

この設計では、太陽や周囲の建物など、室温より高い物体からの熱(赤外線)の侵入を徹底的に遮断し、室内の熱をこの「空の窓」に向かって一方的に放射させる構造を基本とします。


 

2. 設計の核心:効率的な放熱と断熱の工夫

 

 

① 室内の熱を効率よく空へ導く工夫

 

  • 天空率の最大化: 室内から熱を効率的に放射するには、床面から見上げた際に空が見える面積(天空率)をできるだけ大きくすることが重要です。
  • 壁面の鏡面利用: 壁面を鏡にすることで、直接空に面していない壁からも、空の冷たさを反射させて間接的に熱を放射させ、冷却効果を高めます。
  • 熱を蓄えて放出する素材選び: 床板やテーブルの天板などには、コンクリートや石材のような硬くて熱容量の大きい(熱をたくさん蓄えられる)素材を選定します。これらの素材が日中に室内の熱を吸収・蓄積し、夜間を通して効率的に空へ放熱することで、素材自体が効果的に冷却されます。

 

② 不要な熱の侵入を徹底的に防ぐ工夫

 

  • 「熱線反射ガラス」の必須採用: 窓は熱の出入り口となるため、慎重な選択が必要です。
    • 南側: 日射の影響が最も大きいため、太陽からの熱線を反射するガラスは必須です。
    • 北側: 直射日光がなくても油断はできません。垂直な窓であっても、屋外の地面や周辺の建物から放射される遠赤外線を室内に取り込んでしまい、加熱の原因となります。そのため、方角を問わず全ての窓に「熱線反射ガラス」を使用します。
    • 注意点: 遠赤外線を「吸収」するタイプのガラスは、ガラス自体の温度が上昇し、その熱が室内に再放射されてしまうため不向きです。必ず「反射」するタイプを使用します。

 

3. 最重要要素:「天窓」の設計

 

天窓は、室内の熱を空へ逃がすための最も重要な「排熱口」です。

  • 面積とガラスの種類: 天窓は大きいほど放熱効果が高くなります。ガラスは断熱性能を考慮し、ペアガラス(複層ガラス)を標準とします。
  • 設置角度の最適化:
    • 理想(放熱効果): ガラス面を水平に設置するほど、真上の最も冷たい空に正対するため、放熱効果は最大になります。
    • 現実(実用性): しかし、完全な水平設置は、積雪や落下物に対する耐久性が低く、また雨水や汚れが溜まりやすいという問題があります。そのため、構造上の安全性と、汚れを自然に洗い流すメンテナンス性を考慮し、ある程度の勾配をつける必要があります。

 

(ミニチュアでの実験風景)

4. 徹底した遮熱設計:天窓からの直射日光を24時間防ぐ

 

天窓は室内の熱を空へ逃がすための重要な「排熱口」ですが、ひとたび直射日光が入れば、その冷却効果を帳消しにしてしまう最大の加熱要因にもなります。

そのため、放射冷却の効果を最大限に引き出すには、「最も暑い期間において、天窓から直射日光を24時間一切室内に入れない」という、徹底した遮熱設計が不可欠です。

 

設計上の考慮点

 

  • 最も暑い時期を基準に設計する 太陽の高度が最も高くなるのは6月の夏至ですが、日本の多くの地域で実際に気温のピークを迎えるのは7月以降です。したがって、建物の設計は夏至の太陽軌道だけを基準にするのではなく、最も厳しい暑さとなる7月以降の期間に、完全に直射日光を遮断できる構造を目指します。
  • 立地条件に応じた柔軟な対応 太陽の軌道は、建物の緯度や経度、さらには周辺の地形によっても変化します。そのため、上記の基本原則を守りながらも、建築地の具体的な条件を詳細に分析し、最適な遮熱方法を導き出すという、柔軟なアプローチが求められます。例えば、庇(ひさし)の深さや角度、ルーバーの設計などをその土地に合わせて最適化します。

 

 

 

(実際の実験風景)

5.理想構造:床から見上げると、すべてが空であること

 

放射冷却の効率を理論上の最大値まで高める理想的な構造は、室内の床からどの方向を見上げても、視界のすべてが「空」で満たされている状態です。

これは、室内のあらゆる面から、最も温度の低い「空(宇宙)」に向かって直接的に熱放射が行われることを意味します。

 

6.理想に近づける工夫と、現実的な設計

 

しかし、実際の建築物では壁や窓は不可欠です。そこで、この理想状態に可能な限り近づけるため、以下の設計指針を設けます。

  • 原則として、壁面に垂直な窓は設けない 垂直な窓は、たとえ北側であっても、日射だけでなく周囲の地面や建物からの熱(遠赤外線)を室内に取り込む大きな要因となります。冷却効率を最優先するならば、垂直窓は一切作らないのが最も望ましいです。
  • やむを得ず窓を設置する場合の絶対条件 設計上、どうしても垂直な窓が必要な場合は、以下の対策を徹底します。
    1. 全面に「高反射率の熱線反射ガラス」を採用する: 南側はもちろん、北側を含むすべての窓に熱線反射ガラスを使用し、外部からのあらゆる熱線の侵入を防ぎます。デザインが許す限り、最も反射率の高い製品を選定することが重要です。
  • 壁面を「空を映す鏡」として活用する 壁が避けられない以上、その壁を冷却に利用する工夫が求められます。
    1. 鏡面仕上げの壁: 壁面を鏡張りにすることで、室内の熱が壁に反射し、その先の天窓を通して空へ放射されるよう導きます。これにより、壁が「第二の天窓」のような役割を果たします。
    2. 季節に応じたロールスクリーンの活用: 恒久的な鏡面壁が難しい場合、夏季限定で引き下ろして使用するアルミニウム製のロールスクリーンなども有効な代替案です。これにより、暑い期間だけ室内壁を反射面に変え、冷却効果を高めることができます。

 

 

7.建材の選定:熱を蓄え、効率的に放出する素材

 

放射冷却の効果は、建物の素材選びに大きく左右されます。

  • 推奨される素材: 床や壁には、石やコンクリートのような、硬く、熱をたくさん蓄えることができる(熱容量が大きい)素材が最適です。これらの素材は、日中に室内の熱を効率的に吸収・蓄積し、夜間を通して安定的に空へ放熱し続けることができます。
  • 避けるべき素材: 逆に、床にカーペットを敷いたり、木材のような断熱性の高い素材を多用したりすると、その表面のわずかな熱しか放射されません。素材内部に蓄えられた熱が空へ放出されるのを妨げてしまうため、冷却効果は著しく低下します。

 

8.季節や天候に対応する能動的な調整機能

 

この設計は、固定された構造だけでなく、季節や状況に応じて性能を調整する能動的な仕組みを組み込むことで、さらに高い効果を発揮します。

  • 天窓用外部シャッターの設置: 天窓の外側に開閉可能なシャッターを取り付けます。
    • 夏季の役割: 太陽の位置に応じてシャッターを制御し、直射日光が室内に入るのを完全に防ぎます。
    • 冬季の役割: 暖房で温めた室内の熱が、夜間に天窓から逃げてしまうのを防ぐ「断熱蓋」として機能します。下から上へ伸びて閉じる構造にすれば、全閉だけでなく、少しだけ開けて換気するなど、より細やかな調整が可能になります。

 

9.理想と現実の融合:垂直窓からの放熱という選択肢

 

理想は床の真上にある天窓から熱を捨てることですが、この原理はより柔軟に適用することが可能です。

  • 垂直窓からの斜め放射: 垂直な窓であっても、窓から斜め上方の空に向かって遠赤外線を放射することで、一定の冷却効果を得ることができます。必ずしも床の真上から放射する必要はありません。
  • 役割分担による効率化: この方法を用いる場合、窓の役割を明確に分けることが重要です。
    • 上部の窓(排熱用): 高い位置にある窓は、室内の熱を積極的に外部へ放射させる「排熱口」として機能させます。
    • 下部の窓(断熱用): 低い位置にある窓は、周囲の地面や建物からの熱(遠赤外線)を取り込んでしまうため、徹底した熱線反射ガラスを採用するか、あるいは窓自体をなくして壁にすることで、外部からの不要な熱の侵入を完全に遮断します。

10.放射冷却技術のポテンシャル:どこまで冷えるのか?

 

この放射冷却の原理を突き詰めると、一体どの程度の冷却性能が期待できるのでしょうか。

実際の住宅構造とは異なりますが、冷却能力の限界を探るための簡単な実験を行ってみました。特殊な装置を用いて熱の出入りを最適化したところ、外気温に対して最大で約11℃も低い温度を記録するという結果が得られました。

この結果は、放射冷却技術が持つ大きなポテンシャルを示唆しています。将来的には、この原理を応用することで、電力を一切使用しないエアコンの室外機のような画期的な製品が実現できる可能性を秘めているのです。

11.実証された高いポテンシャルと、その先の未来

 

先述の通り、試作した装置では外気温より11℃低い温度を達成しました。これはあくまで基本的な構造での結果であり、装置の設計をより精密にすれば、将来的には20℃程度の温度差を生み出すことも可能だと考えています。

 

12.実用化への道筋:ハイブリッド・エアコンという解決策

 

一方で、放射冷却には「曇りや雨の日は雲が断熱材の役割を果たしてしまうため、効果が発揮できない」という実用化に向けた大きな課題があります。

この天候による不安定さを解消し、いかなる状況でも安定した冷房能力を提供するために、私たちは**従来のコンプレッサー技術と放射冷却器を組み合わせた「ハイブリッド・エアコン」**を考案しました。

このシステムの最大の利点は、それぞれの技術の良い部分を組み合わせることで、エネルギー効率を最大化できる点にあります。

  • 晴天の日: 放射冷却を最大限に活用し、コンプレッサーを動かすことなく、ほぼゼロエネルギーで冷房を行います。
  • 曇りや雨の日: 放射冷却の効果が不足する分だけをコンプレッサーが補う形で動作します。これにより、常に安定した冷房を維持しながら、年間を通したエネルギー消費量を大幅に削減することができます。

参考までに、このハイブリッド・エアコンの概念図を以下に示します。


特許第6209806号

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Japanese Patent No. 6209806

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master@shlomo.jp


北国新聞 2017年8月8日

Hokkoku Shimbun August 8, 2017


北陸中日新聞 2017年8月31日

Hokuriku Chunichi Shimbun August 31, 2017


建設工業新聞 2017年8月31日

Construction Industry Newspaper August 31, 2017

 

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