1. 公的機関での「すれ違い」
現在、東京オリンピックを見据えた商品開発プロジェクトが進行しています。その参画企業の社長から「会議での説得材料として、第三者機関の意見が欲しい」との依頼を受け、先日、ある公的機関の専門家と面談を行いました。
しかし、そこで返ってきたのは、本質とはかけ離れた言葉でした。
「実験データのサンプル数が統計的に不十分だ」 「公的試験場で正式なデータを取得してくるべきだ」 「関連する特許公報を全て提示せよ」
これらは一見もっともらしく聞こえますが、開発の初期段階においては「重箱の隅をつつく」ような指摘に過ぎません。なぜなら、彼らは「発明の評価」を求められているのに、「製品の検査」の視点で語っているからです。
2. データを「信じる」か、「検証」するか
そもそも、発明者が提出するデータを無批判に信じるべきでしょうか? 極論を言えば、発明者が自分に都合の良いデータを出すのは、ある意味で自然な心理です。もし私が悪意を持ってデータを捏造していたら、書類上の審査だけで何が見抜けるのでしょうか。
ビジネスの最前線にいる人々の反応は対照的でした。 I商事の担当者は、私のデータを見た時こう言いました。
「すごい技術だ。自分たちで確認したいから、生地を分けてくれ」
これこそが、製品化を目指すプロフェッショナルのあるべき姿です。彼らは提出されたデータを鵜呑みにせず、「自社の責任において追試・検証する」というプロセスを前提としています。
3. 「発明」と「設計」の本質的な違い
今回の専門家とのズレは、「発明」と「設計(製品化)」という2つのフェーズの境界線を混同していることに起因します。ここを深く理解しない限り、イノベーションは生まれません。
両者の役割は明確に異なります。
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発明(0→1)の役割
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原理の証明: 物理現象として「それが可能であること」を示す。
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特許の取得: 独創的なアイデアの権利を確保する。
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本質: 「今までになかった機能」という定性的な価値の創出。
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設計・製品化(1→100)の役割
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再現性の確立: いつ、誰がやっても同じ結果が出るようにする。
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量産の実現: コストと品質を管理し、市場に供給可能な状態にする。
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本質: 「バラつきのない品質」という定量的な保証。
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件の専門家は、生まれたばかりの「発明」に対し、成熟した「製品」に求めるべき統計的信頼性を要求していました。これは、生まれたての赤ん坊に「なぜ走れないのか」と問うようなものです。
4. プロが見抜くべき「可能性」
仮に、私の実験データが完璧ではなく、実際の製品での性能がデータの1/10しか出なかったとしましょう。それでも、「ナイキやアンダーアーマーといった巨人でさえ持っていない機能」がそこにあるなら、それは極めて高い価値を持ちます。
「現在の完成度(設計レベル)」ではなく、「秘められたポテンシャル(発明レベル)」を見抜くこと。 それこそが、専門家やプロデューサーに求められる仕事です。
自分の役割が「過去の基準での採点」なのか、「未来の価値の発見」なのか。その境界線を理解できていない専門家や、そうした人材配置をしている組織に対し、私は強い疑問と危機感を抱かざるを得ません。
