「なぜ、そんなに元気なのですか?」発明家に必要な“見えない才能”の正体

先日、ある案件で専門家の助言を仰ぐため、弁理士や税理士といった先生方が一堂に会する「ワンストップサービス」の相談会へ足を運びました。私の担当は、知的財産を専門とするベテランの弁理士先生でした。

少し緊張しながら挨拶を交わし、名刺を差し出したその瞬間、先生の表情がわずかに変わりました。

「ああ、これは……。もしかして、あの『デジカメスタジオ』を発明された、砂原さんご本人ですか?」

予期せぬ言葉に、私は一瞬、言葉を失いました。十数年も前に世に出した製品の名前が、初対面の専門家の口から、しかもこれほど自然に出てくるとは夢にも思わなかったからです。

先生は続けます。 「いやぁ、あの製品は当時、本当に良いところに目を付けた素晴らしい発明だと思って、注目していたんですよ」

(もしかしたら、この業界で私は、自分が思っている以上に知られた存在なのかもしれない…)

ほんの少しの驚きと、込み上げてくる静かな喜びを感じながら、その日の本題である相談を無事に終えました。

 

思考とは、心身を燃やす「エネルギー」である

 

ほっと一息つき、雑談に移った時でした。先生が、ふと、まるで長年の同志に語りかけるように、こうおっしゃったのです。

「砂原さん、ゼロから新しいものを考えるって、本当に体力と気力が必要な仕事ですよね」

その言葉は、私の頭の中にあった数々の点と点を、一本の線で結ぶかのような衝撃でした。

そういえば、昔から周囲の人に、私はよくこう言われてきました。 「砂原さんは、どうしていつもそんなに元気なんですか?」

特に深い意味もなく、社交辞令のようなものだろうと聞き流していましたが、もしかしたら…。

「先生、私がいつも人から『元気ですね』と言われてきたのは、ひょっとしてそういうことだったのでしょうか?」

「間違いなく、そうですよ」と、先生は力強く頷きました。

私にとって、それはまさに目から鱗が落ちる瞬間でした。最近になってようやく、一つのアイデアを形にするために、どれほどの精神的、そして肉体的なエネルギーが消耗されるのかを実感し始めていたからです。

 

気づかなかった理由:私を支えていた「鈍感力」

 

ではなぜ、私はこれほど長い間、その事実に気づかなかったのでしょうか。

それはおそらく、私の生来の性格に起因します。私は、良くも悪くも「ガッカリしない」性格なのです。失敗しても深く落ち込まず、他人の評価に一喜一憂しない。ある意味で「鈍感」なのかもしれません。

この「鈍感力」が、無意識のうちに私を守っていたのです。発明の過程で避けられない数多の失敗や拒絶の言葉。それらによる精神的な消耗を最小限に抑え、常に思考のエネルギーを前へ前へと向けることができた。だからこそ、周囲の目には私がいつも「元気」に映っていたのでしょう。

発明や事業創造といった仕事は、一見すると静かなデスクワークに見えます。しかしその実態は、目には見えない心と体のエネルギーを、まるでアスリートのように燃焼させ続ける、過酷で、そして尊い営みなのです。

弁理士先生との短い雑談は、私自身が持つ「才能」の、これまで気づかなかった一面を教えてくれる、貴重な時間となりました。