利益を出すには売れる物を作って売ればよいのです。そのまま一商品のメーカーを続けると商品寿命と共に会社の寿命を迎えます。それを防ぐには商品1という弾み車を回した後は次の弾み車を回す必要があります。止まる弾み車の数より多くの弾み車を回すと企業として永遠の命を手に入れることができます。そのうち弾み車を回す人が現れます。それが子会社の社長だと思います。仕事とは子会社の株を持つことだと思います。才能のある人を見つけ社長として雇い報酬を払えば良いのです。一つの弾み車を回した後、私は自由な時間を持ち新たなテーマに挑戦するのです。それを繰り返していくと本体の会社は持ち株会社になります。持ち株会社が完成したくさんの子会社が実務を行うとグループ間の取引も発生します。そのとき電子マネーを使います。ある程度の市場規模ができた時点で、その電子マネーの通貨単位を独自に決めます。その通貨の価値は金やダイヤ、米などと連動してはいけません。私は通貨の価値は人間が生きていく上で必ず必要なものと一致させなければならないと思います。
日本人が1日働いて得る報酬で日本で1日生活できたとします。その1日分の報酬をB国の通貨に両替しB国で1ヶ月生活できたとします。日本人はB国の人の30倍の能力があるのでしょうか。私はあまり変わらないと思います。通貨の価値の差によってそのような現象が起きているのです。東南アジアの安い労働力を使い安く物を生産し日本や欧米で物を販売する企業がたくさんあります。いわゆる工賃ピンハネ業です。東南アジアの通貨の価値が上がり日本円と並んだとき日本企業はどうするのでしょうか。工賃ピンハネ業を続けるには、今の段階でアフリカの東海岸に目を付けた方が良いと思います。私は工賃ピンハネ業ではなく、知恵や、持って生まれた能力で勝負したいと思います。それが競争力を持った日本らしい企業だと思います。自分にしかできないことを持つのです。
現在、発展途上国の債務と先進国のプラスの資産が共に拡大し債務の拡大が限界に達しています。今後これが急速に縮小していくと日本円や米ドルを持っているからといって安心できなくなります。欧米の論理で植民地化されたり通貨の格差を押しつけられたりした結果現在の通貨の格差があるのだと思います。簡単な例で説明すると、コーヒー豆を作ったら買い取るという事でブルドーザーを買わせたのです。その後「もっと安く作るところがあるからもうコーヒー豆を買わない」と言って、取引を中止するとその国には債務だけが残るのです。ある発展途上国は干ばつで食料が無いのではありません。農地の多くは対外債務返済のための農産物を生産しているのです。私は企業経営者としてコーヒー豆を買う立場だったら同じ事をします。米ドルやユーロの価値を楽しむためには途上国の債務を封じ込めなければなりません。生かさず殺さずが一番良いのです。しかし、私が途上国の大統領だったら対外債務を無視しミサイルを撃たれても畑を耕すでしょう。
今後、国の定義は変わると思います。国民、領土、主権の3つの要素が、通貨と主権に代わるような気がします。そしてその通貨が基軸通貨になれば輪転機と軍隊を持てば生きていけるのではないでしょうか。
企業の生存戦略と通貨の本質 ― 私が目指す「持ち株会社」とその先にある国家観
(このコラムは2003年12月に執筆されたものです)
第1章:企業の寿命を超えて ― 「弾み車」としての事業と持ち株会社構想
ビジネスで利益を出す原則は至ってシンプルです。「売れる物を作って、売る」。しかし、一つの商品に依存するメーカーは、その商品の寿命と共に会社としての寿命を迎えてしまいます。
永続する企業を創るにはどうすればよいか。私はそれを「弾み車」の理論で考えています。商品1という最初の弾み車を全力で回し、勢いがついたら、そのエネルギーが尽きる前に次の弾み車(商品2、事業2)を回し始めるのです。停止する弾み車の数よりも、新たに回し始める弾み車の数が上回る限り、企業は永遠の命を手に入れることができます。
やがて、その弾み車を自律的に回してくれる人が現れます。それが子会社の社長です。私の考える究極の「仕事」とは、個別の事業運営ではなく、これら子会社の株を持つこと、すなわちホールディングス(持ち株会社)を経営することに他なりません。才能ある人物を見出し、子会社の社長として迎え入れ、成果に見合った報酬を支払う。そうして個々の事業を任せた後、私は再び自由な時間を手に入れ、全く新しいテーマ、つまり次の弾み車を探す旅に出るのです。
このサイクルを繰り返すことで、本体は純粋な持ち株会社となり、多くの実務部隊(子会社)が生まれます。グループ間の取引が活発になれば、そこに独自の電子マネーを導入します。そして、その経済圏がある程度の市場規模に達した時、独自の通貨単位を定めるのです。
第2章:通貨の価値は何で決まるべきか?
ここで重要なのは、その独自通貨の価値を、金やダイヤモンド、米といった特定の「モノ」と連動させてはならない、という点です。私が考えるに、通貨の価値は、人間が生きていく上で根源的に必要とするもの、例えば「標準的な人間が1日生存するために必要な価値」といったものと一致させるべきです。
この視点から現代の世界経済を見ると、巨大な歪みが存在することに気づきます。
例えば、日本人が1日働いて得た報酬で、日本では1日しか生活できないとします。しかし、その報酬をB国の通貨に両替すれば、B国で1ヶ月間生活できるかもしれません。これは、日本人がB国の人々の30倍も優秀だということでしょうか? 私は、人間の基本的な能力にそれほどの差はないと思います。この異常な格差を生み出している正体こそ、「通貨の価値の歪み」なのです。
多くの日本企業は、この歪みを利用して、東南アジアの安い労働力で製品を安価に生産し、日本や欧米で高く販売しています。私はこれを「工賃ピンハネ業」と呼んでいます。しかし、もし東南アジアの通貨価値が上昇し、日本円と肩を並べる日が来たら、彼らはどうするのでしょうか。このビジネスモデルを続けたいのであれば、今のうちからアフリカの東海岸にでも目を付けておくべきでしょう。
しかし、私が目指すのはそのような労働搾取のビジネスではありません。日本らしい、「知恵」や「持って生まれた能力」で正々堂々と勝負する、真に競争力のある企業です。誰にも真似できない、自分だけの価値を創造する。それこそが本質だと信じています。
第3章:国家間の搾取と債務の構造
発展途上国の債務と、先進国の資産は、共に拡大を続け、今やその債務は限界に達しつつあります。この巨大な不均衡が崩壊する時、日本円や米ドルを持っているからといって、決して安心はできません。
現在の通貨格差は、欧米の論理によって作られた植民地支配の歴史と、不平等な経済システムの押し付けの結果です。簡単な例で説明しましょう。
まず、「君たちがコーヒー豆を作ったら、我々がすべて買い取る」と約束し、途上国に高価なブルドーザーを借金させて買わせます。しかし数年後、「もっと安く作れる国を見つけたから、君たちの豆はもう買わない」と一方的に取引を打ち切る。その国には、ブルドーザーの莫大な借金だけが残ります。
ある発展途上国が干ばつで食糧難に陥っているのは、本当に水がないからではありません。その国の貴重な農地の多くが、自国民の食料ではなく、外貨を稼ぎ、対外債務を返済するための換金作物を生産するために使われているからです。
この構造を、企業経営者の冷徹な視点で見れば、私もコーヒー豆を買う立場なら同じことをするかもしれません。米ドルやユーロの価値を享受し続けるためには、途上国の債務を封じ込め、「生かさず殺さず」の状態に置くのが最も効率的だからです。
しかし、もし私がその途上国の大統領であったなら、たとえミサイルを撃ち込まれるリスクを冒してでも、全ての対外債務を一方的に破棄し、国民のために畑を耕すことを選ぶでしょう。
第4章:未来の国家 ― 通貨と主権がすべてを決める
今後、「国家」の定義そのものが変わっていくと、私は予測しています。かつて国家の三要素とされた「国民・領土・主権」は、やがて「通貨」と「主権」の二つに集約されていくのではないでしょうか。
そして、自らが発行する通貨が世界の基軸通貨となった時、その国は究極の力を手に入れます。あとは輪転機(通貨発行権)と軍隊さえ持っていれば、理論上、永遠に存続できるのです。
