特許を買う会社
インテレクチュアル・ベンチャーズ、Intellectual Ventures, IV
はじめに:私が契約し、アイデアを売った会社「Intellectual Ventures」
マイクロソフトの初代CTOが設立した「インテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)」という会社をご存知でしょうか。彼らは製品を作るのではなく、世界中から「アイデア」そのものを買い取り、それを元に利益を生み出す、いわば「発明投資会社」です。
ある人は彼らを「パテント・トロール(特許の怪物)」と呼びますが、大学の研究室が研究成果をライセンスして利益を得るのと同じ構造とも言えます。そして何を隠そう、私自身もIV社と同様の事業を手掛ける同業者であり、過去には彼らと契約を締結し、一つのアイデアを買い取ってもらった経験があります。
今回は、私の実体験を交えながら、この謎に包まれた企業の正体と、そこから学ぶべきこれからの知財戦略についてお話しします。
IV社の哲学:「特許庁は登録するだけ、我々が評価し、運用する」
かつてIV社の日本法人が品川にあった頃、私は直接オフィスを訪問する機会に恵まれました。そこで担当者の方が口にした言葉が、彼らのビジネスの本質を鋭く突いていました。
「特許庁は、あくまで出願された発明を『登録』する機関に過ぎません。その発明が持つ真の価値を『評価』し、社会で『運用』するのが、我々の仕事です。」
彼らにとって特許庁とは、不動産における法務局のような存在なのです。オフィスには、特許庁の審査官が使うような机が並び、まさに「価値の評価機関」といった雰囲気が漂っていました。
彼らの最大の特徴は、すでに成立した特許だけでなく、「特許出願前」のアイデアも積極的に買い取る点にあります。これは、買い取ったアイデアの価値を最大化するため、自社の専門家チームが最も有利な形で特許出願戦略をゼロから組み立てるためでしょう。特定のターゲット企業を想定し、回避困難な権利網を構築する。そのために、完成品である「特許」ではなく、素材である「アイデア」を求めるのです。
知恵が利益を生む現実:和解金5億円の裏側
IV社は、買い取ったアイデアや特許を、ライセンス契約、事業化、そして時には権利行使(訴訟)といった手段で利益に変えます。
2012年、IV社がオリンパス社を特許侵害で訴え、最終的にオリンパス側がライセンス料を支払う形で和解したニュースは、その一端を示す象徴的な出来事でした。
また、以前NHKの番組で見たエプソン社の事例も示唆に富んでいます。彼らは(IV社かは不明ですが)米国企業から特許侵害を指摘され、最終的に5億円の和解金を支払いました。エプソン社の言い分は、「裁判で争えば勝てる見込みはあった。しかし、翻訳や弁護士費用で10億円以上のコストがかかる。それならば5億円で和解する方が合理的だ」というものでした。
これが、グローバルな知財ビジネスの現実です。「正しさ」だけでなく、「経済合理性」が最終的な判断を左右するのです。
私が聞いた話では、IV社はかつてアイデアの買取資金として5000億円もの巨大ファンドを組成したといいます。その出資者には名だたる米国IT企業が名を連ね、日本企業も参加しているとのこと。当然ながら、出資者である“オーナー企業”がIV社から訴えられることはありません。知財は、時にこのようなクラブ的な側面も持ち合わせているのです。
知財は「枯渇しない資源」である
「パテント・トロールは、石油に代わる人工資源を作ろうとしている」と評する人がいます。私は、これは的を射た表現だと感じています。
人類の発展が続く限り、新しい技術やアイデアは必要不可欠です。その知恵から生まれる売上の一部が、特許使用料として発明者や権利者に還元される。これは、人類が発展する限り枯渇することのない資源と言えるのではないでしょうか。
企業や大学で生まれた価値ある発明が、事業化の判断を得られずに埋もれていくケースは無数にあります。そうした組織に眠るアイデアや、それを生み出した研究者にとって、IV社のような存在は、正当な評価と対価を得るための強力なパートナーとなり得るのです。
IVモデルを応用した私の挑戦:温暖化という巨大市場
この「巨大な課題を解決するアイデアを権利化し、価値に変える」というモデルは、私自身の事業戦略の根幹でもあります。
私が現在取り組んでいるテーマは「地球温暖化」です。この巨大な問題に対し、私がフォーカスしたのは「人間」と「建築物」を効率的に冷やすこと。具体的には、「エネルギーを使わずに人間を冷やす服」と「エネルギーを使わずに室内を冷やす建物」です。
幸い、繊維関連で2件、建築物関連で1件の特許を既に保有しています。特に繊維の特許は一部を商品化して販売まで行い、市場の需要と性能について客観的な評価データを得ることができました。
次なる挑戦は、建築分野です。ミニチュアでの実験を経て、2023年7月には実証実験棟を建設。2年間のデータ収集を通して、さらなる改良点も見えてきました。この壮大な挑戦は、もはや私一人の力で成し遂げられるものではありません。今後は、建材メーカーやハウスメーカーといったパートナー企業との協業が不可欠だと考えています。
価値ある知恵を権利に変え、社会課題の解決と事業の成功を両立させる。これこそが、これからの時代に求められる知財戦略だと、私は確信しています。

