
出典:帝国データバンク発行 帝国ニュース北陸版 2025年4月18日
株式会社ソロモン 代表取締役 砂原康治 (商品開発アドバイザー)
今回は、研究開発段階と事業化の違いについてお話ししたいと思います。研究開発において、基本的にテーマは“もの”であり、ほとんどの場合、計画に沿って手順通り作業を進めれば、ある程度の成果を出すことができます。もちろん、技術的な課題や予期せぬ問題が発生することはありますが、理論やデータに基づいたアプローチをとることで解決の糸口を見つけやすいのが特徴です。
しかし、事業化となると話は大きく変わります。なぜなら、事業化の対象は“人”だからです。どんなに優れた性能を持ち、価格面でも競争力のある製品であったとしても、必ずしも市場で受け入れられるとは限りません。むしろ、技術的に高性能であることが逆に市場のニーズと合わず、売れ行きが伸び悩むことも少なくありません。時には、スペックを意図的に抑え、シンプルで使いやすい形にしたほうが売れることもあります。このように、事業化は単純なロジックでは解決できない部分が多く、人々の感情や価値観、購買行動を深く理解することが求められます。
さらに、事業化は毎回異なるパターンをとります。たとえ同じ業界であっても、競争環境、市場のトレンド、消費者の嗜好は常に変化しており、成功の方程式は一つではありません。経験を積めば、全体的な傾向や法則をつかむことはできるかもしれませんが、それでも新しい事業を立ち上げるたびに、未経験の課題に直面することになります。
また、事業化には時間と資金がかかります。何度も事業を立ち上げることで徐々に慣れていくものの、それまでに多くの資金と時間を投資することになるでしょう。その過程では、成功と失敗を繰り返しながら進んでいくことになります。そして、その勝ち負けは単なる理論上のものではなく、実際に現金を賭けた勝負です。このような環境下では、精神的にも肉体的にも強い胆力が求められます。冷静な判断力、持続的な忍耐力、そして困難な状況でも前進し続ける覚悟が必要なのです。
このような状況は、まるで柔道や剣道の試合に似ていると感じることがあります。対戦相手は毎回替わるため新しい挑戦になりますが、経験を積むことで柔道や剣道が上達するのです。毎回違った事業を立ち上げていても回数を重ねると失敗は減っていき成功の確率が上がっていくように感じます。
実際、私がアドバイザーの仕事をしていると、「砂原さん、昔剣道をやっていたでしょう?」と聞かれることがありました。おそらく、私が仕事で混乱した状態からスッとホームポジションに戻る姿勢を見て、そのように感じたのではないかと思います。
もし、一つの事業を終えた後に、そのままの流れで次の事業に移行してしまうと、準備不足や体制の不備が原因で失敗するリスクが高まります。特に、成功した事業の勢いを過信し、次のプロジェクトを進めると、大きな損失を生む可能性があります。だからこそ、事業化においては、適切なタイミングでホームポジションに戻ることが肝要だと思います。
研究開発と事業化は、根本的に異なるプロセスです。研究開発では、理論や技術に基づいて論理的に進めることができますが、事業化では人間の感情や市場の変動が大きな影響を与えます。だからこそ、事業を成功させるためには、技術力だけでなく、人間心理を理解し、柔軟に対応できる力が求められます。