バミューダ海域、通称「魔の三角地帯」では、古くから船や飛行機が忽然と姿を消す事件が報告されています。この不可解な現象の一因として、海底に眠る「メタンハイドレート」の存在を指摘する説があります。
メタンハイドレートとは、低温かつ高圧の海底でメタンガスが水分子に包まれ、氷のように固まった物質です。その埋蔵量は、石油や天然ガスをはるかに上回るとも推測されています。
通常は安定しているこの固体が、地震などの地殻変動によって海水に触れると、急激に気化して大量のメタンガスの泡を発生させます。そして、この泡が海面に達すると、その海域の海水密度が著しく低下します。
船が浮くのは、船の重さよりも船が押しのけた水の重さ(浮力)の方が大きいからです。しかし、気泡だらけの海水は密度が低く、十分な浮力を生み出せません。結果として、船は突然バランスを失い、まるで水中に吸い込まれるように転覆・沈没してしまう、というわけです。
この現象は、私の趣味であるウィンドサーフィンでの経験と似ています。波が砕けて白く泡立った海面を通過する際、ボードは急に不安定になります。これは、ボードの下にあるフィンが水の抵抗をうまく捉えられなくなり、いわば「ただの板」になってしまうからです。巨大な船がメタンガスの泡の上で制御不能になるのも、これと同じ原理だと考えられます。
燃料電池の現状と課題:水素社会はまだ遠い?
次世代のクリーンエネルギーとして期待される燃料電池。その燃料には主に水素やメタンが使われます。
現在、水素を燃料とする燃料電池は製造コストが非常に高く、普及の壁となっています。そのため、より安価なメタン(メタノール)を燃料とするタイプが、今後の主流になる可能性があります。メタンは、先述のメタンハイドレートから直接採掘できるため、燃料コストを抑えられるという利点があります。
しかし、「燃料電池は環境に優しい」というイメージには注意が必要です。確かに、電池の内部ではクリーンな発電が行われますが、燃料の調達過程や排出物まで含めて考えると、問題点が見えてきます。
- 水素の場合:現状、水素の多くは石油などの化石燃料を燃やして作った電気で、水を電気分解して製造されています。これでは、水素を作る過程で二酸化炭素(CO2)を排出しており、本末転倒と言えなくもありません。
- メタンの場合:メタンを燃料電池で使うと、発電後に水だけでなくCO2も排出されます。結局は化石燃料を燃焼させていることと大差なく、CO2排出量が多少削減されるに過ぎないのです。
真に環境負荷のない社会を実現するためには、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを使って水素を製造する「グリーン水素」が不可欠です。化石燃料に依存しない水素製造技術が確立されて初めて、燃料電池は本格的な実用化の時代を迎えるでしょう。
未来のエネルギーと地球環境への責任
エネルギー問題は、国際関係や地球環境とも密接に結びついています。
エネルギー資源と国際情勢
現在、核融合実験炉の建設地を日本の六ヶ所村とヨーロッパで競い合っています。ドイツのように、資源や環境への負荷を考慮して、モノの経済的価値と物理的価値を税制で一致させるような先進的な取り組みを行う国もあります。こうした高い環境意識を持つ欧州が、未来のエネルギー開発の主導権を握るのは理にかなっているのかもしれません。日本が巨大なエネルギー技術を持つことは、「子供に機関銃を持たせる」ような危うさをはらんでいる、という見方もできるでしょう。
一方で、エネルギー源が陸から海へ移る可能性も秘めています。メタンハイドレートの多くは、特定の国に属さない公海の海底に存在します。もし、この採掘技術が確立されれば、これまでのような油田をめぐる国家間の争いは減少し、地上の戦争が減るきっかけになるかもしれません。
地球温暖化への具体的な対策
メタンハイドレートという新たな化石燃料を利用する以上、私たちは地球温暖化への対策をセットで考えなければなりません。温暖化の根本原因は、地中に固定されていた炭素を掘り起こし、燃やしてCO2として大気中に放出したことです。
そこで、メタンハイドレートを採掘する際には、「大気中のCO2から炭素だけを取り出して固体化し、海底に埋め戻す」ことを国際的なルールとして義務付けてはどうでしょうか。
単純にCO2をドライアイスにして海底に沈めるという案では、貴重な酸素(O)まで一緒に埋めてしまいます。私たちが地中に戻すべきなのは、過剰になった**炭素(C)**だけです。
そのヒントは自然界にあります。植物は光合成によって大気中のCO2を吸収し、酸素を放出して、炭素を自らの体内に固定します。つまり、植物を育て、その植物体(バイオマス)を地中深くに埋めることで、私たちは人為的に排出した炭素を再び地中に戻し、温暖化の進行を食い止めることができる可能性があるのです。未来のエネルギーを利用するなら、それ相応の責任を果たす覚悟が求められています。
