出典:帝国データバンク発行 帝国ニュース北陸版 2025年10月17日
株式会社ソロモン 代表取締役 砂原康治 (商品開発アドバイザー)
人の目線の高さを、モノサシの長さにたとえて考えてみましょう。たとえば、10cmのモノサシしか持っていない人が1mの長さを測ろうとすると、結果は10cmしか示されません。つまり、それ以上の長さを測る手段を持たないのです。一方で、1mのモノサシを持つ人が2mの対象を測ろうとすると、1mまでしか測れず、やはり全体を捉えることはできません。自分が1mのモノサシを持つ人間だとして、2mのモノサシを持つ人と会話をしているとき、次のように二通りの反応があると考えられます。
①「この人は、自分の知らない価値観や世界を知っているのではないか」と感じ、学びの可能性を見いだす反応。
②「この人も結局は自分と大して変わらない世界で生きているのだろう」と考える反応。なぜなら同じ日本語で会話できているからです。
しかし、ここで重要なのは、人が生まれながらに持つモノサシの長さ、すなわち目線の高さは容易には変えられないという点です。その上で、「自分の知らない世界が確かに存在するのだ」と理解しながら生きていくのと、「自分のモノサシ以上の世界は存在しない」と信じて生きていくのとでは、人生で出会う面白さや驚きを感じ取れるかどうかに大きな差が生まれます。まだまだ自分が知らない広さや高さの世界があると信じて生きることで、人生はよりワクワクするものになるのではないでしょうか。
ところが、初対面の人と話をするとき、自分が10cmのモノサシしか持っていない立場で、相手が1mのモノサシを持つ人である場合、「相手の貴重な時間を浪費させてしまっているのではないか」と不安に思うこともあります。逆に、自分が1mで相手が10cmモノサシの人である場合には、こちらが持っている広い視野を矮小化され、相手の狭い価値観に引きずり込まれそうになることすらあります。短い時間で相手の目線の高さを正確に把握するのは難しいものですが、実は比較的確実な方法があります。それが「相手の過去の実績」を見ることです。
人は「見かけによらない」とよく言われますが、過去の実績は事実に基づくものであり、その人がこれまでに積み重ねてきた行動と成果の証です。それは能力の表れであり、モノサシの長さを推し量る手がかりとなります。つまり、言葉や外見でごまかされても、実績という事実は否定できない客観的な指標なのです。しかし一方で、10cmのモノサシしか持たない人が、1mの人を測って「自分と同じ10cmだろう」と勝手に判断し、同類として近づいてくることもあります。そのような場合、最も賢明な対処は「距離を置くこと」です。なぜなら、そのような相手に時間を費やすことは、結局は自分の人生の浪費につながるからです。これはサラリーマンであっても同じであり、会社の業務として付き合う時間もまた、自分の人生の時間と重なっているのです。
だからこそ、自分が「1mのモノサシを持っている」と感じたら、できるだけ1m以上の人と関わりを持つようにすることが望ましいでしょう。もちろん相手にとっては多少の迷惑や負担になるかもしれません。しかし、そのような関わりの中にこそ、自分を成長させる大きな機会が潜んでいるのです。成長を望むなら、自分より長いモノサシを持つ人と積極的に付き合うこと、それこそが人生を豊かにする最良の方法だと思います。
もう少し詳しく書いてみました。参考までに
あなたの「モノサシ」の長さはどれくらい? 人間関係と自己成長の本質
人の視野の広さや価値観の高さを、一本の「モノサシ」にたとえて考えてみましょう。このモノサシの長さは、その人が認識できる世界の広さを決めてしまいます。
たとえば、10cmのモノサシしか持っていない人は、目の前に1mの対象物があっても、測れるのは自分の持つ限界である10cmまでです。残りの90cmは「未知の領域」となり、その存在を正確に捉えることはできません。同様に、1mのモノサシを持つ人が2mの対象を測ろうとしても、やはり半分までしか測れず、全体像を把握することは不可能です。
これは、私たちの精神世界や人間関係においても全く同じことが言えます。
■成長の分かれ道:自分より「長いモノサシ」を持つ人に出会ったとき
もし、あなたが「1mのモノサシ」を持つ人だとして、自分よりも明らかに長い「2mのモノサシ」を持つと思われる人物に出会ったとします。そのとき、あなたの反応は次の二つに分かれるでしょう。これが、その後の人生における成長の大きな分かれ道となります。
① 成長へと繋がる反応 「この人は、自分の知らない価値観や世界を知っているに違いない。ぜひその視点を学びたい」と感じ、相手への好奇心や尊敬の念から、学びの可能性を見いだす姿勢です。
② 停滞を招く反応 「結局のところ、この人も自分と大して変わらない世界で生きているのだろう」と結論づけてしまう姿勢です。なぜなら、相手も同じ日本語を話し、同じように食事をするため、「根本的には同じ人間だ」と安心してしまい、自分との違いを矮小化してしまうのです。
重要なのは、人が生まれつき持っていたり、これまでの経験で形成されたりした「モノサシの長さ」、すなわち目線の高さは、一朝一夕には変えられないという事実です。
その上で、「自分のモノサシでは測りきれない、広大な世界が確かに存在する」と信じ、謙虚に学び続けようとするのか。それとも、「自分の理解できる範囲が世界のすべてだ」と見切りをつけてしまうのか。どちらの姿勢を選ぶかで、人生で出会う発見の数や、心揺さぶられる感動の質は、天と地ほど変わってくるでしょう。
■人間関係のジレンマと、相手を見極める確かな方法
しかし、現実の人間関係はそう単純ではありません。初対面の人と話すとき、私たちは二つのジレンマに直面します。
一つは、自分が「10cmのモノサシ」の立場で、相手が「1mのモノサシ」を持つ人だと感じた場合。「自分の未熟な話で、相手の貴重な時間を浪費させているのではないか」という不安や罪悪感です。
もう一つは、逆に自分が「1m」で相手が「10cm」のモノサシを持つ場合。こちらが持つ広い視野や長期的な視点がまったく伝わらず、相手の狭い価値観の土俵に引きずり込まれ、消耗してしまうリスクです。
短時間で相手の「モノサシの長さ」を正確に把握するのは至難の業です。しかし、その人の本質的な価値観や視野の高さを、比較的確実に見抜く方法があります。それが**「相手の過去の実績」**に注目することです。
人は「見かけによらない」と言われますが、過去の実績は嘘をつきません。それは、その人が積み重ねてきた思考、行動、そして努力の結果が客観的な形で表れたものです。巧みな言葉や洗練された外見にはごまかされることがあっても、事実として存在する実績は、その人の能力と視野の高さを測る、信頼できる指標となるのです。
■時間の浪費を避け、賢明な人間関係を築くために
ここで一つ、注意すべきことがあります。それは、10cmのモノサシしか持たない人が、1mのモノサシを持つあなたを見て「この人も自分と同じ10cmだろう」と一方的に判断し、安易に同類として近づいてくるケースです。
このような相手に、あなたの持つ世界観を丁寧に説明しようと試みても、残念ながら理解される可能性は低いでしょう。なぜなら、相手にはあなたの世界を測るための「モノサシ」がないからです。
こうした状況における最も賢明な対処は、静かに「距離を置くこと」です。冷たい態度に聞こえるかもしれませんが、これはあなたの貴重な人生を守るための重要な選択です。あなたの時間は有限であり、会社の業務として付き合う時間でさえ、あなたの人生の一部であることに変わりはありません。その時間を、実りのないコミュニケーションに費やすことは、結果として自分の人生を浪費することに繋がってしまいます。
■結論:成長を望むなら、自分より「長いモノサシ」を持つ人と付き合おう
だからこそ、もしあなたが自分自身の成長を心から望むのであれば、自分より少しでも「長いモノサシ」を持つ人と積極的に関わりを持つべきです。
もちろん、最初は相手にとって、あなたの存在が多少の負担になるかもしれません。「時間を奪ってしまうのでは」という遠慮も生まれるでしょう。しかし、その少し背伸びをした関わりの中にこそ、自分の限界を打ち破り、新たな世界を発見するための、またとない成長の機会が眠っているのです。
勇気を出して自分より高い視座を持つ人の輪に飛び込んでいくこと。それこそが、人生をより豊かで刺激的なものにする、最良の方法だと私は信じています。

